災害が起きるたびに思うこと

平成30年北海道胆振東部地震に被災されました方々に、お見舞い申し上げます。

関西地方も先日の台風21号で大きな被害が出たが、電力供給が止まると立ちどころに生活に支障をきたす社会に、脆さを感じざるを得ない。今回の北海道胆振東部地震においても、道内の大規模な停電になるなど、災害時の混乱として挙げられる重大な問題であると感じる。

木工屋の自分自身に置き換えて考えてみても、電力供給なしに木工はほぼ不可能である。木工工作機械を使わない方法であればできないことも無いが、「不可能に近い」状態である。

確実に迫りつつあるであろう南海トラフ地震のことを考えると、自身の身の安全を考えても恐ろしいが、機械類がダメージを受けた時、業務を再開することは厳しい状況になる。ここ1~2年で何らかの大災害が東大阪で発生した場合、当工房はまずもって数年間は業務再開は不可能だと思う。ゼロから再出発するにあたり、マイナスにすらなってしまう状況から、まずはゼロ地点までこぎ着けるだけでも時間を要する。

最近は身近に起きる災害もそうだが、大規模な災害を目にすることで、とても危機感を強くしている。経済的余裕がない状況の中であっても、災害に備えて発電機やエンジンチェーンソーなどが欲しいと思う。燃料ありきでそれらが活躍するのだろうが、もし自分の工房が倒壊すれば、棟続きの隣の業種もその隣の業種も被災する。木工屋はモノを形作る仕事であるが、災害がもし仮に起きた時、倒れた家屋の下敷きになって苦しむ人を救う手立ても道具も何もできない状態で、ただ誰かの救援を待つしかない状況というのは、耐えがたいものがある。

豪雨災害や、今年の夏の酷暑も、考えようによっては災害である。熱中症患者は昨年よりも大幅に増え、暑すぎて経済活動にも影響が出るような状況を、ただのニュースのネタとして取り上げられることに危機感すら感じる。あと10年もすれば、7月8月は生命に危険な暑さとなるかもしれない。

現代の人間の生活様式が、今なお地球環境に負荷を掛け続けていること、わが国が直接それに加担していないとしても、木工屋として身近に感じるのは海外木材に高依存している現状や、何の疑いも無く日々使用使用したり目にしているプラスチックごみやレジ袋、安価に販売供給されているコピー用紙など、「その原料はどこでどうやって製造されていますか?」「使用後どのように廃棄されていますか?」「どれだけ環境負荷がかかっていますか?」ということを考えることも無く、ごく当たり前に店頭で販売され、ネットで販売され、使用されている。熱帯雨林を切り開いてパルプ生産に適した樹種のみのプランテーションとなった、多様性を失った人工林から作られるパルプ、以前として熱帯雨林を伐採してパルプ原料として用いられる現状もあることを、WWFの記事で知った。

環境問題と気象災害は背中合わせの関係であると思う。地震災害においても、エネルギーに依存した生活以外に、バックアップ手段を持たない現代人の生活様式に危機感を感じる。「電力供給の復旧を待つしかない」という受け身を強いられる状況に、何かバックアップの手段はないものかと考えたりする。地域ごとに小規模発電の手段を持つことはやはり必要ではないかとも考える。

経済性優位の考え方が、地球環境に明らかに良くない影響を及ぼしていて、そのツケが跳ね返りつつあることをもっと感じなければならないし、何か一つでも自分にできることをやっていかなくてはいけないとも思う。

ではまた。

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