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災害が起きるたびに思うこと

平成30年北海道胆振東部地震に被災されました方々に、お見舞い申し上げます。

関西地方も先日の台風21号で大きな被害が出たが、電力供給が止まると立ちどころに生活に支障をきたす社会に、脆さを感じざるを得ない。今回の北海道胆振東部地震においても、道内の大規模な停電になるなど、災害時の混乱として挙げられる重大な問題であると感じる。

木工屋の自分自身に置き換えて考えてみても、電力供給なしに木工はほぼ不可能である。木工工作機械を使わない方法であればできないことも無いが、「不可能に近い」状態である。

確実に迫りつつあるであろう南海トラフ地震のことを考えると、自身の身の安全を考えても恐ろしいが、機械類がダメージを受けた時、業務を再開することは厳しい状況になる。ここ1~2年で何らかの大災害が東大阪で発生した場合、当工房はまずもって数年間は業務再開は不可能だと思う。ゼロから再出発するにあたり、マイナスにすらなってしまう状況から、まずはゼロ地点までこぎ着けるだけでも時間を要する。

最近は身近に起きる災害もそうだが、大規模な災害を目にすることで、とても危機感を強くしている。経済的余裕がない状況の中であっても、災害に備えて発電機やエンジンチェーンソーなどが欲しいと思う。燃料ありきでそれらが活躍するのだろうが、もし自分の工房が倒壊すれば、棟続きの隣の業種もその隣の業種も被災する。木工屋はモノを形作る仕事であるが、災害がもし仮に起きた時、倒れた家屋の下敷きになって苦しむ人を救う手立ても道具も何もできない状態で、ただ誰かの救援を待つしかない状況というのは、耐えがたいものがある。

豪雨災害や、今年の夏の酷暑も、考えようによっては災害である。熱中症患者は昨年よりも大幅に増え、暑すぎて経済活動にも影響が出るような状況を、ただのニュースのネタとして取り上げられることに危機感すら感じる。あと10年もすれば、7月8月は生命に危険な暑さとなるかもしれない。

現代の人間の生活様式が、今なお地球環境に負荷を掛け続けていること、わが国が直接それに加担していないとしても、木工屋として身近に感じるのは海外木材に高依存している現状や、何の疑いも無く日々使用使用したり目にしているプラスチックごみやレジ袋、安価に販売供給されているコピー用紙など、「その原料はどこでどうやって製造されていますか?」「使用後どのように廃棄されていますか?」「どれだけ環境負荷がかかっていますか?」ということを考えることも無く、ごく当たり前に店頭で販売され、ネットで販売され、使用されている。熱帯雨林を切り開いてパルプ生産に適した樹種のみのプランテーションとなった、多様性を失った人工林から作られるパルプ、以前として熱帯雨林を伐採してパルプ原料として用いられる現状もあることを、WWFの記事で知った。

環境問題と気象災害は背中合わせの関係であると思う。地震災害においても、エネルギーに依存した生活以外に、バックアップ手段を持たない現代人の生活様式に危機感を感じる。「電力供給の復旧を待つしかない」という受け身を強いられる状況に、何かバックアップの手段はないものかと考えたりする。地域ごとに小規模発電の手段を持つことはやはり必要ではないかとも考える。

経済性優位の考え方が、地球環境に明らかに良くない影響を及ぼしていて、そのツケが跳ね返りつつあることをもっと感じなければならないし、何か一つでも自分にできることをやっていかなくてはいけないとも思う。

ではまた。

制作など

こんばんは、堂谷木工です。

滑り台の依頼を受けていて、今作っている。滑走面の側板が太すぎる感じだが、小学生入学前のお子様たちに酷使されることを考えると、逆に足回りの方が細い印象で若干心配になってくる。

左右の側脚の角度が面倒くさいが、難しい制作ではない。ただ、全く気分が乗らない。昨日あたりからやっとエンジンがかかってきた感じ。

二度と作りたくない…。しかし、これも家具である。求められれば、作れるのであれば作ってあげるしかない。確かに、市販の樹脂製の原色滑り台のおもちゃよりはずっと良い。ただ、ウレタン仕上げにするつもりである。一応大入れの仕口を切って組んである。ただ今回は、ビスを数本打って補強した。何度も言うが、子供の遊び方は、大人の想像をはるかに超える荒っぽさであろう。この先何年使われるかわからないが、頑丈にはしておきたい。

8月も終わろうとしている。9月も以来の仕事をして、10月も少しだけ依頼の仕事をしたら、年末に向けて家具をバンバン作りたい。お仕事頂けるのは有り難い事であるが、堂谷木工の製品の制作が全くできないので心は複雑である。安定した収入よりも、自分の製作品をもっともっと出していくことを、少しでも早く進めたいからだ。しかし、依頼の仕事は勉強になる。

それではまた。

材料の話など

こんばんは、堂谷木工です。

今は依頼を受けている家具などを製作中です。実用本位の現場で使われる什器的な家具にはラジアータパイン集成材を用いて、応接用家具には日本のアカマツを用います。先日アカマツを買いに、大阪の北部の製材所まで行って仕入れてきました。帰宅後計算すると、立米15万ぐらいでした。

木工を始める以前から、マツの木目が結構好きでした。ホームセンターで販売している角材などの松はベイマツ(正式名称ではないと思いますが)赤い色が強烈な感じですが、日本のアカマツは樹皮こそ赤いものの、材木自体はほんのりとオレンジがかった明るいさわやかな色で、木目も大人しいです。

今回、マツを本格的に使ってみるのですが、心配な事も多くあります。東大阪の当工房は、湿度が低めで、特に2階はカラッカラです。汚い話で恐縮ですが、当工房のトイレは2階にありまして、便器内の水量が蒸発してすぐに水位低下します。(漏れてはいません。)購入先の製材所は山のふもとで、丁度小川が流れる谷合にあり、材料は乾燥していると言ってもかなり水分多めだと思います。松を先日購入して少しでもシーズニングしておこうと思って2階に上げておいたら、購入時よりネジレ、干割れが増幅していました。困った感じです。松はネジレが強い木です。カラマツほどではないですが、アカマツも割れが出やすいようです。板モノ家具でマツの幅広で薄めの板は、ネジレを念頭に置いて制作しなければならないようです。それに、ヤニがどれだけ出てくるのか。施主さんのところでヤニ噴出地獄となるようだと、これは問題ですが、木材の脱脂はすべきはないと思います。開き直りではないですが、ヤニが出るのが普通と言いますか、健全と言いますか…。ゴニョゴニョとヤニ止めシーラー等を用いて塗装しなくても、使い続ければヤニがいい具合に家具のツヤを出して飴色になると思うのです。

当工房の方針として、なるべく国産木材(この国に生えている木)を使ってつくる事をモットーとしています。国内で安定して広葉樹を入手することが難しい(地方の小さな材木屋さんや製材所には、まだ蓄材があると思いますが、安定して確保できるかどうかはわかりません。)一軒一軒訪ねて回ることも大変です。(しかし、それをやっていこう、とも思っています。)国内大手の無垢材を用いた家具メーカーでは、材料集めは結構シビアになってきているはずです。海外からの輸入木材の価格も上がってきているはずですし、海外の輸出規制もあります。されど良材は年々世界レベルで減少しているはずですから、価格は上がっても質の落ちた材料を使わなければならい時代になりつつあります。

当工房が年に使用する木材なんて、2立米にも及びませんが、材料の確保は最近の課題です。杉や桧を活用していく方法は、なんとなくまとまってきましたが、やはりテーブルトップなどの硬質材料を欲しい場合、ちょっと力不足です。マツだとネジレやワレやヤニの問題はありますが、曲げには強いですし、脚モノにも使えます。そんな経緯で、マツを積極的に使っていこうかと思っています。年内に資金があればいいのですが、一度長野県や山梨県などの、カラマツの産地に出向いて、マツを取り扱う製材所に行こうかと思っています。そこで現場の声を聴く、これが一番です。長野県では戦後、カラマツの植林が盛んに行われたようで、今ごろ結構大径木の材料が出ているようです。上手く使うのは難しい材料のようですが、カラマツはアカマツ以上に木目がはっきりとして荒々しい雰囲気のようで、ぜひ使ってみたいです。

木材にもブームがあります。近年はブラックウォルナットでしょうか。もともと蓄材量の少ない樹種ですから、あと10年もすればブームがどうなるかわかりませんが、枯渇気味になるでしょう。確かにブラックウォルナットで作られた家具はカッコイイとは思いますが、僕はたぶん今後、使わないと思います。価格が高いとかよりも、使いたくない。日本人にとっての主食がお米であるように、日本人にとっての馴染みある木を使ってやっぱり作りたいです。国内消費の木材の70%ほどを輸入に頼っている日本、森林の多い国でありながら、矛盾した話です。流行りすたりで使われる木と、それで作られた家具がかわいそうとすら思います。まぁでも、個人の考え方は様々ですから。

その流行り廃りの『廃り』気味の木と言えば、欅でしょうか。欅の家具と聞くと、頭の中でどうしても座卓とか和家具がイメージとして出てきます。かわいそうに、流行りでもてはやされた反面か、今は敬遠されているなんて。先日訪れた針葉樹中心のその製材所にも、欅はたくさんありました。当工房は欅もバンバン使っていこうかと思っています。というのも、小さな製材所や材木店で在庫が結構あると思います。和チックになるかどうかは、木目の使い方次第ではないかと思います。欅の木目に合う形があるはずなんです。当方、欅も結構好きです。制作中は欅の研磨粉などを吸い込むとクシャミがひどいですが、あの香りは結構好きです。

お金ができれば、まず材料を買う。何においても材料が無いと話になりませんからね。超一流の材料は当木工所では使えないですが、扱いにくい素材などをどんどん活用できればと思います。来年は販売活動を増やしながら、各地の製材所巡りをしたいなぁと思います。

ではまた。

生み出すこと

涼しさの中に感じる寂しさが好きです。

こんばんは、堂谷木工です。

涼しい初秋の空気に、若干身体が置いてきぼりのようです。気まぐれな天候に振り回される人間。

最近の工房では、小抽斗を終えてしばらく図面引きをずーっとやっていました。今日から依頼を受けているお仕事を開始しましたが、イマイチ調子が上がりません。身体がダルイです。

自分の製作品は、もう何度図面を引き直したことやら。ある程度パターン化した家具を考えていて、ローボードやロングデスクなど、4点ほど図面を書き溜めましたが、4点のコンセプトが全くボヤけてまとまらず、イジリにイジっていましたが、『きちんとした構造とサッパリした見た目』を意識しつつ、スタイリッシュなものを(どっちみちそんなものを生み出すセンスはありませんが)狙いすぎると、受け入れられにくいと思い、その辺のさじ加減で苦労しました。

結局、部材の太さとか棚位置とかデザイン云々をいじくりまわしても、何も魅力のあるものは生まれないんだなぁと痛感したこの数日。明確な『こういうモノを作るんだ!』という、ゆるぎない強い想いがあれば、部材が5ミリ太かろうが面が2分だろうが4分だろうが大した問題ではないような気がします。もちろん、見た目の印象は結構変わってくるのですが、そういう問題ではないような気がします、木製品の魅力って。

人間本来のその人の持つ魅力が人を引き付けるように、カネにモノ言わせて人をひきつけたり、着飾っても無意味なのと同じだと思うのです。美人、カワイイ、カッコイイ、ブサイク、ダサい。僕も20代半ばまでぐらいは、そういう見た目にすごくこだわっていた気がします。もちろん見た目が良いに越したことはありませんが、中身の無い、何も感じられない美しいもの、カッコイイものに対する虚しさや残念さを感じるようになってきました。とか言いつつも、自分自身も未だに美しさの奴隷から抜けられないですが、徐々に『そうじゃない、内面から湧き出してくるものを形にすることの重要さ』を意識するように、少しだけなってきました。しかし、これはとてつもなく難しく苦しい作業だと思います。自分に絶えず問い続けることになります。究極的には、『なぜ作るのか?』という、カオスな問いに至ります。

まだまだそんなレベルではありません、入り口にも達しないですが、最近は作りながら『自分はこれを作ることで何をしたいのか?』を問いながら作ったり図面引いたりできるようになってきました。面の太さをどれぐらいにするべきか、部材をどれぐらいの太さにするべきか?見た目だけで考えれば、ベターな答えは出てくると思います。『人の眼は錯覚を起こすので、ここの部材は太めの方が全体のバランスが良く見える』とか、そういう知恵は身に付けることはできると思いますが、それでは自分が何を作りたいのか?という問いに応えていないような気がします。

その部材の太さとか面はどうすべきかという問いに対する本当の答えは、自分自身にしか導き出すことはできません。そこから逃げないこと、これがとてもしんどい事なんです。『クッソ、どーでもいいやー』と言いたくなりますが、じーっと見つめ、じーっと考える。完成途中のソレと対峙しながら、何かを感じ取る。そうすると、自分の中の選択肢が幾つか出てくる。完成後にそれが運よくカッコよくても美しくても、やっぱりダサくても自分の中での達成感は非常にあるわけです。『あぁ、こういうことがやりたかったんだ』と。そうやって自分の中から湧いて出てきた、自分というフィルターからろ過されて出てきたものを、煮詰めて結晶化したものが製作品になるんだと思います。それが人に評価されるかされないか、売れるか売れないかは結果論であって、それが答えではありませんから。

ただ、売れないとどんどん怖くなるわけです。生活があからさまに困窮しますから、「何でもうちょっと売れるようにしなかったのか?」とか考えたりもします。魅力ある製作品を作るには、自分自身にとことん問うことから逃げないことだと思っていますが、完成したそれが売れるとは限りません。ただ、売れなかったとしても後悔はしないわけです。独立してから数点、作って後悔した制作品があります。いずれも共通して『売れたら量産できるような範囲で』という邪心が入り、全く何の魅力も無い製作品になってしまっているものたちです。そこに投じられた材料がかわいそうです。折角形にしてやるんだから、徹底的に対峙して問うことをしないと、結果満足しないということになります。自分もお客さんも。

最終的に、そのモノと自分が対話を重ねた結果生み出されたものは、お客さんに伝わる気がします。そうであろうがなかろうが、ものづくりは自分との対話というものが本質であり、それが製作品の個性になるのだと思います。評価や売り上げを意識してものづくりをすべきではない。そういう崇高な決意をしつつも、迷ったりうろたえたりしながら生きています。自分自身の弱さは実に愛おしいですからね。どうしても過保護になりそうになりますが、そこにムチ打って叩き起こせるかどうか。

木工屋(僕)は芸術家ではないですから、形作るということに現実的なアプローチで挑みがちです。特に僕はその傾向が強いです。頭でっかちですからね、遊びの要素が全く無いのです。実用本位のものづくりであり、生きる糧としての木工を自分の生業に据えていますので、売れなければ困るわけです。使いやすさや実用性、耐久性だけを考えれば、これまた答えが決まってきます。そこに自分自身の美意識をどう盛り込むのか、そこを自問自答してものづくりをしているつもりです。

行動して迷いながら見えてくること、わかったこと。それは希望になります。とことん落ち込むことも多々ありますが、実際、涙がにじむほど嬉しくなることもごく稀にあります。こんな激しい感情の起伏を感じられる仕事ができるなんて、なんと幸福なのだろうかと。

僕はこうして文章化することで、それを目で追いながら、脳に再度格納することで、形式的に自分は幸せであるということを摺り込んでいるのでしょう。先人はもっと行動し、もっと得て、もっと短時間で事を成し、僕のように感傷に浸る間もなく攻め続けたんだと思います。その情熱が年齢と反比例して減少していく怖さを気にしつつ、どこまで木工に情熱を燃やし続けられるだろう?もっと我武者羅に燃えなければならないはずだ、と焦ったりもします。

そんな涼しい夏の夜です。

それでは、また。

レトロ家具シリーズのリリースを少し休みます

こんばんは、堂谷木工です。

『針葉樹で作る着色レトロ家具シリーズ』を育てていこうと意気込んでおりましたが、息が続きそうにないので(溺れかけ、アップアップです)、9月からはしばらく、正統派の広葉樹を使った純然たる一般的な家具を作ることにしました。小物も作らなければならないのですが、小物制作がなんとなく苦手です。

一通り、ダイニングテーブルからローボードなどを作ろうと思っています。在庫を抱えるのは非常に苦しいですし、材料費も広葉樹を使うとなると歩留まりも悪く、コストがかさみますが、価格を抑えてお得感のあるキレイ目系シャープな雰囲気の家具(昔はそれをやりたかったはずですが、どっかにすっ飛んでしまってました)を、丁寧に作ろうと思います。撮影時の備品(備品にしちゃあダメですけど)にもなりますし。

レトロ家具シリーズも、まだ入り口に入ったばかりで、数日前までこのまま続行するつもりでしたが、やはり一般家庭における、レトロ家具(しかも新品のレトロ家具、言葉が意味不明になっていますが。)を導入するのは、やはり土壌がまだ出来ていないと思うのです。簡単に言えばマニアックすぎるという感じです。本来は、どういう風に導入したら良いかというような提案を、リリース時にアピールできればお客さんにも何かしら伝わると思うのですが、現状ではマニアックな木製品を単発で発表しているだけのキワモノの存在で、ハンクラサイトでは全く相手にしてもらえません。このままでは首が締まる一方ですので、間口を絞るのではなく、多方面を少しづつ育てていくようにします。ただ、ネットでの販売先は少し整理しようと思っています。今は3社ハンクラサイトで同一商品を横並びに販売していますが、3社特色を使い分けようかと思っています。開業以前の制作品も含め、現在までの製作品の方向性が、かなりバラバラで、焦点が定まっていない感じで、訴訟力が散在してしまっていると感じました。

いっそのこと、一点一点のクオリティをもっと高めて、木工作家として発信するほうが可能性はありそうなものですが、当方はあくまで木工所としてのスタンスを維持していきたいと考えています。

それでは、また。

制作品ページに小抽斗を追加しました

こんにちは、堂谷木工です。

本日は制作品のページに、新たに以下のアイテムを追加しました。8月の新作です。以下リンク先です。

杉のA4サイズ小抽斗

以下の販売先様サイトで詳細をご確認いただけます。

iichi 当方のshop

Creema 当方のshop

minne 当方のshop

宣伝ばかりですみません。宜しければご覧くださいませ。

小抽斗完成

こんばんは、堂谷木工です。

今日小抽斗6台完成しました。明日正式に撮影します。

ちょっとpopすぎるというか、少しだけpopにしようとしたところ、ガチpopになってしまいました。さじ加減がまだ出来ません。しかし、面白い製作品になったと思います。まだヘタクソなところや、材料の見極めが出来ていなくて、反ったり膨らんだりしているものもありますが、問題ないレベルではあります。側板は杉の12ミリ厚で、吊り桟式引き出しにしていますが、吊り桟式だと、周囲ぐるりと裏板だけのシンプルな構造となり、組み立てや加工が楽ですが、強度的に、杉で吊り桟式の限界だろうなと感じました。抽斗の間に仕切り板を入れたほうが、全体の剛性も増しますし、手間はかかりますが、側板をもう少し薄くできるでしょうし、見た目的にも安定感があるような気がします。吊り桟式の、前板が連続して並ぶ姿は軽快で気に入っているのもありますが、抽斗のサイズを目一杯大きく取れる利点もあります。間に仕切り板が入ってしまうと、板の厚み分だけ引き出しの高さは低くなってしまいます。当方が制作した小抽斗は全て吊り桟式です。

今回も弁柄と松煙を用いました。今回は杉の美しさを知ってもらいたくて、蜜蝋ワックスで仕上げたクリア色仕様も作りました。美しい木目を着色で潰すのか?いいえ。着色によって木目が透けて見え、品のある雰囲気になります。

桧より杉の方が面白いですね。今度は松をつかってみようかと思います。抽斗に松を使う…、タブー的な感じですが、どんどんタブーを犯そうと思っております。ヤニ問題をどのようにクリアするか、楽しそうです。松の木目は杉以上にカッコイイです。しかも、目の粗い松を外側に使ったら面白そうです。(と、もうすでに次の小抽斗のことを考えて…)

それではまた。

小抽斗先行2台ほぼ完成

こんばんは、堂谷木工です。

小抽斗、とりあえず2台、塗装を終えました。この2台は蜜蝋ワックス仕上げです。ツマミは仮止めです。杉の魅力が出せたと思います。きちんとした画像は、近日アップします。残り4台は、着色仕上げにしますが、前板のみ塗装したバージョンなど、少し遊んでみようかと思います。ツマミも丸ではなく、六角形なんです、形は無骨なんですが、そこがまた良いと自画自賛です。

やっぱり、小抽斗を作ると、すごく面倒でしんどいのですが、総じて楽しいんです。出来上がるとすごく嬉しいですし。それと、面白いものがもっと作れそうな気がします。自信とかは無いのですが、自分が手を動かしてこうして形になるということが、木工を始めて8年目に入りましたが、未だにまだ不思議なんです。

『良いものとは、何だろう?』というのは、未だによくわかりません。自分にとっての良いものなのか、この世界の誰かにとって良いものなのか。そのモノ自体の価値というもの、それも上手く言えません。でも、自分で『作って良かったなぁ、こんな形が自分の中から生み出されたんだなぁ。木は美しいなぁ、木の力に頼りっぱなしだなぁ』なんて思ったりします。それは単純に、小さいながらも苦労の成果であり、きちんとした人の行いであります。それが良いものにつながるのかもしれません。

一向に売れなくても、自分の中で面白いモノは作れるようになってきていると感じていますし、反応も少しずつ返ってきている気もします。来年の目標はまだ言うのも早すぎですが、来年は営業しようかと思っています。それは、自分で納得し、人に薦めたいと思えるモノが作れるようになってきたと感じ始めたからで、売れる売れないの以前に、『人に提案できる』モノを、自分で胸張って言える!…ような気がしてきたのです。きちんとした形で、きちんとした場所で提案することはやはり必要なのではないか、と思い始めました。他人任せではないですが、自分が生み出したモノを直接手渡すことも素敵な事ですが、誰かが間に入ってもらうことで、客観的にそのモノを提案してくれる人なり場面に手渡すことで、より遠くに飛ばすことが出来ると思うのです、今更ながら、発射台の重要性を感じている次第です。

ん~胃が痛い。ここ最近結構頑張りましたので。明日は残り4台をこの世に送り出すようにします。誰かに届くまで、止められないです。木工屋は。

それでは、また。

 

制作風景など

こんばんは、堂谷木工です。

今日は制作風景を中心に。現在は、小抽斗を制作中です。上の画像はその小抽斗の台輪の組み立て風景で、留切り仕口の中に画像左に映っている小さな核(サネ)を入れています。おかげでかなり丈夫になりました。

台輪完成。数台分重ねている画像です。材料は杉の柾ですが、その材料の出所は、工房の2階の間仕切りを撤去した際の古材。カラッカラに乾燥しているのはもちろんですが、時間経過によって身が締まって硬度が増しているような気がします。カラカラと澄んだ音がします。昭和40年代の古材でしょう。半世紀ぐらい経って、まさか小抽斗の部材になるとは思いもしなかったはずです。(材料がそう言っています。)粗暴な施工の間仕切り材としてその使命を終えるはずでしたが、柾目が綺麗で削ったら見違えりました。

引き出しの前板です。タグ(名札)を入れるポケットを掘ってみました。薄板を練り合わせて、ポケットを表現しています。一か所だけ、スリットをいれてあり、そこからタグを出し入れできます。ただの小抽斗では面白くないので、どこか一か所だけでも面倒くさいことを盛り込むようにしています。

ということで、今日は部材仕上げから、24個組立完了。7時間で底板の幅決め、長さ決めから引き出し部材仕上げ、組み立てまでできたのは良かったです。

7月中に完成させたいのです。8月は頼まれ仕事に取り掛かかります。月に2作品以上、発表する目標を掲げています。作ること、これが当工房の根源です。売るために作るよりも、作り続けるために売れてほしい、それが切なる願いなんですけど。

それでは、また。

ネットショップ立ち上げを中止することにしました

おはようございます、堂谷木工です。

表題の通り、途中まで行っていたネットショップの立ち上げは中止し、今できる事に注力します。

結論としましては、結局のところ、どこでお買い上げいただくかということよりもまず先に、自分の作る製作品を、もっと魅力のあるものにしていくことに尽力すべきだということ、今の状態で、堂谷木工がどこでどう展開したかというようなことは、検討する時期ではないという考えに至りました。

結論としましては、今展開させていただいているハンドメイドサイトでの販売を軸にすることを継続し、ネットショップの出店は現段階では白紙に戻します。その上で、現状での堂谷木工製作所の展開に関する、どのような面を改善していくかを考えますと、大きく3つの事柄において、取り組み直すことになりました。

一つ目としましては、まずは言うまでも無く、コンテンツ(製作品)を充実させる事です。もっと考え、もっと実践してブラッシュアップしていく。妥協はしていないと、自分自身で納得させていたような部分があったと思います。突き詰めれば。加工方法や材料選びにおいて、まだ妥協しているところがあります。限られたそれらの材料、資金、時間の中で、手元にあるそれらをどれだけ煮詰めてよいものを作れるか。当たり前の事ですが、それにもっと真剣にならないと、パパっと思い付きで作ったような製作品では、誰にも届かないですから、苦しい事ですが、当然の道を進まなくてはいけないんだと、今更気づいた次第です。

二つ目ですが、価格面においても、制作にかかった経費をそのまま乗っけても、当然お客さんには受け入れがたいものであるということです。当方が制作品を作り、ネット上に出品する。それを見てくださった方が、その製作品の出来栄え、そして、それをどのように提案するか、魅せ方も含めて、堂谷木工の木製品の価値基準というものが、そのモニタなりスマホなりを通して測定できうるものでなければ(単純に、お客さんがそれを見て、自分の購入に置き換えて考えるというリアリティをどこまで持っていただけるか)の提案能力の向上が急務であると思います。今後はそこに資源を投じていく時期に来ていると思いました。価格面で再再度見直しも行います。客観的に見て、その価格で納得頂けてお買い上げいただけるだけのモノになっているのかどうか。そこにかかったコストが乗っかるだけの単純な計算式だけで価格を決定するだけではダメだということで、突き詰めれば結局は、良いものを生み出していくしかない、という結論に行きつくとしても、完成した制作品が本当に妥当な価格か?ということを、客観的に検討することが不十分でした。一つの製作品の価値を高めるために手間をかけるのですが、それと並行して価格が上昇するだけでは、当方の努力が足らないだけということです。早急に見直そうと思います。

そして3つ目は、活動量をを増やしながら、自分でお客さんを引っ張ってくること。当方が思い違いしていたのは、クラフトサイト故の販売限界なのではなくて、自分自身の取り組みが不十分故に、お客さんが集まってこないということでした。お客さんの『買い場』は、いうなればネット上であれば、どこであろうとさほど問題ではないということです。これは、現状の当木工所における話で、当方の現状においてはまだ、『どこで展開するのかを問う以前の問題』だということ。お客さんは当方自身がファンの方を増やして、ハンドメイドサイトへご案内すればいい。お買い上げいただく場所(決済する場)は、当方が出店しているどのプラットフォームにおいて、お客さんに提供できるサービス面でさほど差も無く、また、どこで展開したからといって、当方に大きな利益も不利益も生じないのであれば、既存の販売先の中で、自分がファンの方を少しでも多く増やしていく取り組みをする事こそ優先的に取り組むべきだと、という考えに至りました。その為にも、自身で販売を行うイベント等への積極的な取り組みは、やはり実行していかなければいけないと思いました。そこでの実績云々を問うのではなく、そういった活動をすること自体が、当工房の前向きな取り組みの姿勢であり、得体の知れない名前だけの事業所が制作して販売しているのではなく、生身の堂谷木工自身が活動している実態を報告できるようなことがないと、なかなかネットだけで通りすがりにお買い上げいただくことは、やはり難しいという考えです。安心してお買い上げいただくという面でも、リアル販売活動は避けて通れないと思った次第です。

 

以上、長々と書き連ねましたが、このような考えから、当面は現状の販売形態を維持し、直営ネットショップ出店は中止することに致しました。この決定に至るに、様々なアドバイス頂いた方へ、この場で失礼ながらお礼申し上げます。

今後とも堂谷木工製作所を、よろしくお願いいたします。