春の訪れに追い立てられて

こんばんは、堂谷木工です。

数日前から、作りたいものを煮詰めているんですけど、思考が煮詰まるばっかりで、具体的なアイデアが何一つまとまりません。期日が迫ってきて、焦っているんですけど、昨年末から新年を迎えたあたりに作った木工品が数点あるんですけど、明らかに血迷っている感じで、撮影してみたもののそれすら見るのも嫌です。

『売らなきゃいけないんだ、作らなきゃいけないんだ』という思考とは全く関係のない場所に、きっと答えが埋まっていると思うんですけど、展示会という節目が、ただ『焦りの源』のようになっており、自分を解放した先に作れるようなもののアイデアが全く出ず、今しがた図面も削除してしまいました。 振り出しに戻る暇はないのですが、はっきり言って、納得のできないものを生み出して資源を無駄にできるような余力は全くないので(時間的資源が最も乏しい、お金もですけど)、もっと自然になんかこう、浮きだしてくるようなイメージをなんとか取り戻したいんですけどね。木工独立で食うことの恐ろしさを最近身にしみて感じます。

それは、エンドロールを見る怖さではなく、『走り続けなくてはいけない』恐怖感の方がはるかに強いのです。それでも木工を仕事にすることは、二度とない自分の人生の中の、最もやるべきことで刺激的な事ですから。『走り続ける恐怖』と言いますが、その機会に恵まれた自分は幸せであることは間違いないのですが、目の前の現実に大義を忘れがちになる自分の小ささとか笑えますけど。

思考先行や無理やりで製作品を作ろうとしてますからね、ダメなんですよ。強烈な『作りたい欲求や衝動』が、毎日みなぎっているはずだと、独立前は考えてましたけど、始まってみたら、集中力のオンオフの切り替えの早さとかメリハリ、勢いやタイミング、そういうものを敏感に感じて瞬時に行動に移せる機動力がもっと必要だと感じます。今はそうですね、発車間際でギリギリ飛び乗る感じですね。ジャケットの裾が実はドアに挟まっているんですけどね。

ん~どうしましょう。

それでは、また。

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